たまには子供の話でも。
パパじゃわ、爆誕からもう6年です
「瀧澤さん、ついにパパになったかー。」って思った人、当時、それなりにいらっしゃいましたわよね。「ついに瀧澤も父親かぁ」みたいな感じで。
めっちゃわかる。わしも全く同じ事を思いました。
YouTubeで坊主だったあの若造が。30歳になった時に挨拶動画を投稿して、「みそじかぁ、、、おれ、みそじ、かぁ。。。」と落胆していたあいつが。
「ついに瀧澤も父親かぁ」って思った人、結構いらっしゃった気がします。
しかし、衝撃的な事実なんですけど。
「ついに瀧澤も父親かぁ」
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それ、6年前です。6年前の話です。
「え、マジ!?」って思いません??
わかります、だって、わしも思うもん。
子どもの接し方は、わからん
実は、わたし、子供に対してもめっちゃ敬語使うんすよ。名前を呼ぶ時も敬称を付けるし、呼び捨てにする事はまず無い。あれしろ、これしろと命令口調で話した事はほぼ無いし、基本的にめちゃめちゃ子供の意思を尊重するのです。
でもこないだ、習い事の付き添いに行った時に、他の子供から「なんで敬語使ってんの?」って聞かれました。
「なんででしょうね、癖みたいなものかも知れません。」
とかいって、はぐらかしましたが。
ほぼ癖みたいなもんですけど
話は変わって、今YouTubeのレッスン動画にめっちゃ力を入れてて、まだ動画公開まで漕ぎ着けてないんだけど、虎視眈々と準備に全力を注いでいるシリーズがあってさ、根本としては「わたしが初心者の頃、こういう動画があったら嬉しかった」っていう思いが原動力なんだよね。動画だけじゃなくて、レッスンに関しても「わしだったらこう教えてほしかった」みたいな思いが根本にあるし、オープンマイクの営業も、料理も、お酒も、「わしだったらこういう雰囲気の店に行きたい」が根本となっていて。もちろん「誰かのために役に立ちたい」とか、「人に喜んで欲しい」っていう思いはいっぱいあるけど、「わしだったら、こうしてほしい」っていう思いが全てのわたしの原動力になっている訳なのです。
わしの親父は子供にガンガン暴力を振るうタイプでした。兄が悪い事をしてボコボコにされて、泣き叫んでるのを見ながら、怖いとか悲しいとかを通り越して、6歳とか7歳のわたしは虚無ってました。親父と一緒に済んでたのは8歳までだから、わしはそんなにボコボコにされる事はなかったけど、親父がやってるファミコンに足をぶつけてバグらせてしまい、一発ぶん殴られるみたいなのはちょいちょいあった。
わしが17歳くらいになると色々あって、わたしの養育費を直接親父に毎月貰いに行く日がありまして、まぁせっかくだから、みたいな感じでちょいちょいご飯を一緒に食べる機会がありました。その時も「おまえは才能がないんだからギターなんかやめちまえ」とか、「ギターの講師?おまえみたいなやつに誰が教わるんだよ」とか、「お前が小さい頃にこどもの国に一度連れてってやった事があるんだ」と何回も言われたり、「お前が2歳の頃に一度札幌に連れていってやった事があるんだ。お前がすげぇグズって、二度と連れて行かないって誓ったよ」とか、まぁそういう話をずーっとされる訳ですよ。わしは他の親父を知らんから「そんなもんなのかしら」って特に気にしてなかったけど、まぁ今思い返せば、結構アレですわよね。レベル高ぇ。
まぁそういう感じで「こういう大人にはなっちゃいけないなぁ」と感じる場面が、いっぱいいっぱいあった訳です。本当にいい勉強を沢山させてもらった、みたいな感じ。
で、さっきふと気づいたんだけど、「わしだったら、こういう親父が欲しかった」ってのを自分はやっているんだろうな。何回か「子供に対して敬語を使うのはおかしい」とか言われた事あるけど、わしはそうやって丁寧に接して欲しかったってのが恐らく根底にあるんだろうな。
以前、推しイストのロイさんが、「子供ってね、毎日毎日一つづつ、新しい事が出来るようになっていくんですよ。これは本当に凄いこと。出来るだけ側にいなきゃいかんと思いますよ。」と仰っていたのを凄く覚えていて、「ああ、こういう事なのか」って気付く毎日でございます。中学生くらいになってくると部活やら友達やらで構ってくれなくなって、どんどん加速度的に自立していっちゃうから、甘えてくれたり、自然に一緒にいてくれたり出かけてくれるのは今のうちだけ、みたいな話もよく聞く。だから実は結構子供といっしょにいるようにしてて、2~3ヶ月に1度くらい、1泊で旅行とかする様にしているのよね。ここ数日わたしがXで、「急げ!!タスクを消化しろ!!」って騒いでいるのは、何を隠そうまた旅行が控えているので、それに備えて前もって消化しておかなければいけない事がいっぱいあるっていうことでして、変に忙しいアピールみたいになってごめんなさい、単純に家族で遊びにいくためにシャカリキになっているという事でやんした。すみませぬ。
そういう風に考えていくと、わしの根本は本当にどの分野においても「良い◯◯」というのにからきし興味がないんだろうな、という結論に行き着いた。本当についさっき。例えば、良い先生、とか、良い親父、とか、良いお店、良いギタリスト、良い人間、良い付き合い、良い仕事、良い動画、良いYouTuber。それよりも、「わしだったら、こういう人と仲良くなりたい」とか、「わしだったら、こういう親父が欲しい」とか、「わしだったら、こういうご飯食べたい」とか、そういう「わしの理想像」を具現化していくのが好きだし楽しいし、それが一番世界に対して出来る貢献だと思っている様な気がする。
なので、他人から色々言われる事はあっても、「わしにとってのベスト」を邁進したく思います。いつもこんなわたしの自由勝手気ままな振る舞いに迷惑を掛けてしまっている関係者のみなさま、マイペースが凄まじくてすみません。その御恩をありがたく頂戴しながら、自分を全うしたいと思いまする。
おわり





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